« 8月末 | トップページ | CR »

2012年9月 2日 (日)

庄内古川?

最近、大落し古利根川を走っているが、その手前に旧庄和町と春日部の間を流れる川を、私たちは庄内古川と言っている。

でも、通称は幸手から流れる中川と大落し古利根川との合流でまた中川となっている。

そこで調べました。詳しくは①ここと②ここ。なるほど(笑)

②はいつも走っているところだったので、急に興味がわき、水神様のある石碑を探しに行ってみました。

説明も理解せず見つけましたが、見つかりませんでした。

野田橋付近に出て雨が降ってきて、帰ろうと思ったところ、堤防下に石碑があった。行ったところ目的の石碑、

「野田橋(江戸川)の右岸橋詰から、200m上流付近にあるのが、砥根河重蔬碑(とねがわじゅうそひ、 松伏町指定有形文化財)。享保十三年(1728 」 だった。(ラッキー)

002 001 ←その画像。記事には河童石(水神)となってます。でも、何に見えますか?。

しかし、その後土砂降りとなり帰りました。

河川や用水路を走っていると水門や堰に出会いことが多いですが、今まで田畑の用水や、灌漑のことを大変苦労していたことが分りました。

これからは、こう言う歴史を楽しみながらのんびりと走ってみたいと思います。

走行14km

« 8月末 | トップページ | CR »

コメント

「水を治める者が天下を治める」と言われていたらしいですから、昔から「治水」には苦労してたんでしょうね。

CRは河の土手を走りますから、こういう「石碑」などを見て回るのには、うってつけですね(^_^)v

「歴史を楽しみながら、のんびり走る」←最高ですね(^_^)v

へばなさん
>「水を治める者が天下を治める」と

なるほど、そうだったのですかぁ。

今度歴史のカルチャー宜しくお願い致します。

良く調べましたね。
元荒川から江戸川の間は利根川改修との関係もあって複雑な歴史があるみたいですね。
庄内古川は昔の治水工事の賜物なんですね。その歴史は江戸川に続くという感じなのでしょうか。

パパさん
裏磐梯hcお疲れ様でした。

今現在、上下水道を何気なく利用してすが、これまでの歴史を見るともの凄い労力と知恵で行ってきたのですね。

私が小学校の低学年まで江戸川の拡張工事をしていたことを覚えています。河川敷にトロッコがあり遊びました。(古)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 庄内古川?:

« 8月末 | トップページ | CR »